福岡地方裁判所 昭和36年(ヨ)242号 判決 1962年5月17日
申請人 山本不動産株式会社
被申請人 徳島水産株式会社
主文
別紙目録<省略>記載の株式につき、左記事項に関し申請人が被申請人の株主名簿に記載された株主としての地位を有することを仮に定める。
記
(1) 新株の発行(商法第二八〇条の二ないし第二八〇条の一八)に関する事項
(2) 転換社債の発行(商法第三四一条の二)に関する事項
(3) 解散(商法第四〇四条第二号)、継続(同法第四〇六条)、合併契約書の承認および反対(同法第四〇八条、第四〇八条の二)ならびに合併無効の訴(同法第四一五条)に関する事項
(4) 営業の譲渡、賃貸等の決議(商法第二四五条第一項第一号、第二号)および反対(同法第二四五条の二)に関する事項
(5) 前各号に関する株主総会の決議の取消または無効確認の訴(商法第二四七条、第二五二条)
(6) 決算書類の閲覧、謄写等に関する事項(商法第二九三条の五)
申請費用は被申請人の負担とする。
事実
一、申請人代理人は
(一) 「別紙目録記載の株式につき、申請人が被申請人の株主名簿に記載された株主としての地位を有することを仮に定める。」との判決を求める。
(二) 仮にみぎの申請が認められないときは、別紙目録記載の株式につき株主として行使しうる特定の事項に関し、申請人が、被申請人の株主名簿に記載された株主としての地位を有することを仮に定める旨の判決を求める。
と申し立て、その理由として次のとおり陳述した。
(一) 被申請人は漁業、製氷冷蔵業、水産物加工業、貿易業およびこれらの附帯事業を目的とし、発行済株式の総数二〇〇万株一株の額面金五〇円、資本の額金一億円の株式会社である。
(二) 申請人はもと山本商事株式会社と称したが、昭和三六年一〇月一日商号を現商号に変更したものであるところ、被申請人の発行した別紙目録記載の記名式株券を所持し、かつ、これらの株券中徳島寅男が株主として表示されている五万六〇〇〇株については同人の、また株主として徳島トミヱの表示のある一六万株については同人の、それぞれ記名押印のある譲渡証書各一通を所持している。
(三) 申請人は昭和三六年六月一日被申請人本店事務所において、被申請人に対しみぎの各株券および譲渡証書を呈示して、これらの株式につき申請人の氏名および住所を株主名簿に記載することを請求したところ、被申請人はこれを拒否した。
(四) 被申請人は亡徳島岩吉の親族を株主とする、いわゆる同族会社であり、徳島トミヱは亡岩吉の妻、徳島寅男は亡岩吉の父の養子であるところ、トミヱも寅男も申請人の本件株式の取得を否認し、被申請人は増資により新株を発行し、その引受権を申請人に与えないことにより申請人の所持する株券の経済的価値を減少させ、かつ発行済株式総数に対する申請人の有する本件株式数の比率を低下させて、申請人の株主としての発言力および監督権を減殺しようと計画している。
また、被申請人は株式の併合による減資、合併による株式の併合、会社の解散等、幾多の方法によつて本件株式の価値を減殺させるおそれがあり、かくては申請人は回復し難い損失を蒙ることとなる。
一方、申請人が本件株式につき仮に株主の地位を得ても、本件株式は被申請人の発行済株式総数の一割強にすぎないから、株主総会における決議を左右しうるものではなく、利益配当金を申請人に支払つても、申請人と前記トミヱおよび寅男との間で帰属を争えば足りるから、被申請人に損害を与えるおそれはなく、なお、商法上株主として各種の権利を行使しうるとしても、申請人は株主総会で多数決を得る見込がなく、また被申請人の役員に不正のない限り、被申請人は特に苦痛を蒙るものではないから、申請人が本件株式につき被申請人の株主として認められないことにより申請人の受ける損失は逆の場合に被申請人が受ける苦痛に比して、はるかに大きい。
(五) よつて、本件株式につきかりに申請人が株主であることを定める旨の仮処分を求める。かりに申請人が全面的な株主権を行使する必要性の認められないときは、前記の各権能のうちの一部について制限的に株主の地位を定める仮処分を求める。
(六) 被申請人の主張は、すべて争う。すなわち、
(1) 新志佐炭鉱株式会社常務取締役今里和郎は徳島寅男に対し同社に対する融資を依頼したところ、寅男は融資をする替りに、同社が他から融資を受けるための担保として、みぎ今里に対し本件株券および譲渡証書を交付し、同社が他から融資を受けるにつき譲渡担保とすること、ないし流質特約付質権設定をすること等の処分権を与えた。
(2) そこで新志佐炭鉱は昭和三五年一一月一七日本件株券中徳島寅男を最終名義人とする五万六〇〇〇株および徳島トミヱを最終名義人とする一〇万株に譲渡証書を添附して申請人に交付し、これを譲渡担保として申請人から額面金一八四四万円、満期昭和三六年二月一七日の約束手形一通の振出交付を受け、みぎ手形額面金員を同年三月三一日に申請人に弁済すること、および弁済期に弁済しないときは、申請人において弁済に充当するため、適宜みぎの株券を処分しうることを約した。
(3) かりに、みぎの譲渡担保の成立が認められないとしても、新志佐炭鉱は申請人に対しみぎの株券に質権を設定し、かつ弁済期に履行しないときには申請人は弁済として質物の所有権を取得し、または申請人は弁済に充当するため適宜みぎ株券を処分しうる旨の、流質特約付質権を設定したものである。
(4) 次いで、新志佐炭鉱は申請人に対し再び融資の申込をなし昭和三五年一一月二六日前記と同趣旨で本件株券中最終名義人徳島トミヱのもの六万株を前記同様担保として申請人に交付したので、申請人は同社に対し同年同月三〇日金一〇〇〇万円を弁済期は昭和三六年三月三一日と定めて貸付けた。
(5) 新志佐炭鉱は昭和三六年三月一三日手形の不渡を出し一般に支払を停止したので、申請人は前記特約により同年同月三一日の経過により確定的に本件株券の所有権を取得したのである。
(6) およそ記名式の株券の所持人は商法第二〇五条第一項後段の書面を所持する限り適法な所持人と推定され、しかもこれを争う者により悪意または重過失を証明されないかぎり株券の所有権を取得するのであつて、株券が盗取されたものであると否と、また、みぎの書面が偽造であると否とによつて、みぎの理に差異はない。そして申請人は本件株券の取得当時において全く善意であるから、被申請人の主張はすべて理由がない。
二、被申請人代理人は「本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との判決を求め、申請の理由に対する答弁として、次のとおり述べた。
(一) 申請人主張の(一)(二)の各事実中、申請人主張の各譲渡証書に存する徳島寅男および徳島トミヱの各記名押印は、いずれも偽造されたものである。その余の事実は認める。
(二) 同(三)の事実中、申請人が徳島寅男名義の被申請人会社の株券を呈示して名義書換を請求したこと、および被申請人がみぎの名義書換を拒絶したことは認めるが、徳島トミヱ名義の株券の名義書換を請求したことは否認する。
(三) 商法第二〇五条第三項によれば、株券の占有者が譲渡証書により、その権利を証明するときは、適法な所持人と推定されるのであるが、かかる推定を受けるには、株券が株主により有効に譲渡されたものであること、および譲渡証書が、株主の意思に基いて、作成されたものであることを要する、と解すべきである。しかるに、徳島寅男も徳島トミヱも本件各券を処分する旨の、意思表示をしたことはかつてなく、申請人は本件株券を無権限の新志佐炭鉱株式会社、河内鉱業株式会社ないし小笠原夏夫から、交付を受けて占有しているにすぎない。
また、申請人主張の譲渡証書は寅男およびトミヱにより、作成されたものでも、また作成を承認されたものでもなく、昭和三六年一月一一日以降申請人会社本店事務所において、小笠原夏夫および申請人会社取締役支配人稲田定とによつて、白紙の譲渡証書用紙に、徳島名義の一個の有合せ印を押印された上、同年五月三一日みぎ稲田定の指図により、申請人会社事務員関恒夫が、徳島寅男および徳島トミヱの各氏名を記入し、はじめて譲渡証書としての形式を具えるに至つたものである。
(四) 申請人は、悪意または重大な過失によつて、本件株券を取得したものであるから、その即時取得を主張しえない。すなわち、
(1) 前記稲田定は、被申請人が徳島一族の会社であつて、その株式は非公開非上場の株式であること、および寅男、トミヱの各身分関係を小笠原夏夫から聞知していたから、寅男もトミヱも特段の事情がない限り本件株式を担保として提供する筈がないことを承知していた。また申請人は新志佐炭鉱と従前から取引があり、同社は営業不振のため倒壊寸前の状態にあつたことを知つていたから、寅男やトミヱがかかる会社のために担保を提供する筈がないことをも承知していた。しかるに、申請人は本件株券を受領するに際し株主たる寅男およびトミヱの意向を確かめる方策を全くとらなかつた。したがつて、申請人は、本件株券の処分が株主の意思に反して不正に行われるものであることを推知しながら、敢てこれを取得したものであると断ぜざるをえない。
(2) 申請人は、本件株券の処分行為が寅男およびトミヱによつてなされるものでないこと、および株券にはみぎ両名の裏書も譲渡証書もないことを承知していたのみならず、前記稲田は、前記小笠原から、単に借りて来たものであることを告げられているから、新志佐炭鉱が処分権限を有しないことも当初から承知している。
(3) 前記稲田は、前述のとおり本件各譲渡証書に押印された印鑑が一個の有合せ印であること、および本件株券の被裏書欄に押印された寅男およびトミヱの各印鑑とも異ることを承知していた。
(4) 前記稲田は、昭和三六年三月二九日被申請人会社取締役宮城普勲から、本件株式は株主において処分したものでなく、譲渡証書を作成したこともないと電話で告げられ、更に同年四月二七日みぎ宮城から、申請人の所持する譲渡証書の押印は寅男、トミヱ両名の印鑑の印影と異り、両名の関知しない間に押印されたものであること、両名とも株券を譲渡する意思表示をしたことがないこと、およびトミヱの株券については紛失による公示催告手続中であることを告げられた。その際稲田は、公示催告の公告が官報に掲載された事実を既に承知していた。
また、稲田は寅男自身からも同年四月下旬ないし五月上旬の間にみぎの趣旨を告げられて、本件株券の返還を求められた。
(5) したがつて、本件譲渡証書の形式が完備した同年五月三一日当時においてはもちろん、申請人が本件株券を確定的に取得したと主張する同年四月一日現在においても申請人は本件株券の処分行為が寅男およびトミヱの各意思に基かずになされたことを確知していたのである。
(五) 申請人主張の(四)の事実中、被申請人会社が、いわゆる同族会社であること、亡岩吉、トミヱ、寅男の各身分関係、およびトミヱも寅男も申請人の本件株式の取得を争つていることは、これを認めるが、被申請人が増資を計画していることは否認する。仮処分の必要性に関する申請人の主張は、すべて争う。かりに被申請人が近い将来増資を行うとしても、本件株式が申請人の所有であることが本案判決によつて確定すれば、本件株式に割当てられた新株も当然申請人に帰属すべく、また本件株式が被申請人の株主総会の議決を左右するに足りないことは申請人の自認するとおりであるから、申請人は仮処分を受けなくても大きな損害ないし苦痛を受けることがない。これに反し、本件仮処分が許されることになれば、申請人を株主総会に出席させ、意見を述べさせ、議決権を行使させることとなり、かりに本案判決が被申請人の勝訴に終つたときは、たとい本件株式の数が株主総会の議決を左右するに足りるものでないとしても、議決の効力につき争いを生じる余地があるのみならず、無関係の第三者から同族会社の経営内部をのぞき見られ、徒らに会社運営上の混乱を招き、被申請人の蒙る有形無形の損害は甚大である。したがつて、この点においても本件仮処分申請は許されるべきでない。
三、疎明<省略>
理由
一、申請人主張の(一)(二)の各事実は、譲渡証書上の記名押印が偽造か否かの点を除き、当事者間に争いがない。また、申請人が昭和三六年六月一日被申請人に対し別紙目録記載の株式中最終被裏書人が徳島寅男のものにつき、株券および譲渡証書を提示して、申請人の氏名住所を株主名簿に記載すべきことを請求したことは当事者間に争いがなく、証人関野恒夫の証言によれば、同人はほか一名と共に申請人の支配人稲田定の命により、みぎ同日別紙目録記載の株式中徳島トミヱ名義の株券および譲渡証書をみぎ寅男名義の株券および譲渡証書と共に被申請人本店事務所に持参し、これを被申請人会社の担当取締役宮城普勲に呈示して、申請人のために名義書換を請求した事実を一応認めることができる。
二、被申請人は、株券の占有者が商法第二〇五条第三項による推定を受けるための前提要件として、株券が株主により有効に譲渡されたものであること、および譲渡証書が偽造でないことを要する旨主張するが、みぎの規定を同条第一項第二項、同法第二二九条、小切手法第二一条、第一九条と対比するときは、株券の占有者は、株券に表示された最終株主の作成名義の譲渡証書を所持すること、および株券に裏書がなされているときは裏書が連続することにより、当該株券についての権利移転が形式的に順次連続していることを証明することにより、当該株券の適法な所持人と推定されるものと解すべきであり、そのほかに株券が有効に譲渡されたものであることおよび譲渡証書上の株主の署名が真正に成立したものであることを証明しなければ株券の適法な所持人と推定されないと解すべき根拠はない。
また、記名株式の名義書換の請求を受けた株式会社は、名義書換請求者が商法第二二九条所定の要件を具備するか否かにつき形式的審査権を有するのみであつて、従前の株主から事故届のあつたこと、または株式譲渡証書上の株主の押印が届出印鑑によるものでないことを理由として名義書換を拒絶することはできず、また請求者が正当の権利者であるか否かについて調査する義務を負わないが、請求者が正当の権利者でないこと、すなわち請求者が記名株券を悪意または重大な過失によつて取得したことを証するに足りる証拠の存することを知り、または当然知りうべきである場合には、名義書換を拒絶する権利を有し義務を負うものと解すべきである。
三、そこで、申請人が本件各株券を取得するにつき悪意または重大な過失が存した旨の被申請人の主張について判断する。
(一) 被申請人主張の(四)の(1) について。
証人稲田定および同宮城普勲(各第一回)の各証言によれば申請人の支配人である稲田定は、被申請人会社がいわゆる同族会社であり、その株式は市場に上場されていないことを承知していたこと、および同支配人は本件各株券を新志佐炭鉱株式会社から譲渡担保として提供を受けるに際し、トミヱおよび寅男の意向を確かめる方策をとらなかつたことを、一応認めることができる。しかし、いわゆる同族会社の非上場株を取得する者は常に株主が譲渡の意思を有するか否かにつき調査すべき義務を負うものとは解しえないし、前記証人稲田定の証言によれば、新志佐炭鉱は相当額の負債を有したとはいえ有望な炭層の開発により劣勢をばん回しうる見込を有していたことを一応認めうるから、みぎの主張は理由がない。
(二) 同(2) の主張について。
この主張事実については、被申請人提出の全疎明資料によつても、疎明ありとは認められない。この主張も理由がない。
(三) 同(3) の主張について。
しかし、株券譲渡証書に株主が押印すべき印鑑が株券の被裏書人欄に押印された当該株主の印鑑と同一でなければならないという法律上の根拠はない。また親族が有価証券を処分するに際し数名の者が同一の印鑑を使用することは通常行われることであるから、みぎの主張も理由がない。
(四) その他の主張について。
被申請人は、申請人が本件各株券を取得したのは昭和三六年三月二九日以後であることを前提として種々立論するが、前記証人稲田定の証言によれば、申請人は本件株券をいずれも昭和三五年一一月中に新志佐炭鉱から同社に対する融資の譲渡担保として交付を受け、同時に「徳島」の押印のみのある白紙譲渡証書の交付を受け、同社が融資の弁済期たる昭和三六年三月三一日に弁済しないときは申請人において自由に処分してみぎの融資の弁済に充てうることを約して、これを受領したものである事実を一応認めうるところ、かかる事実関係のもとにおいては申請人は新志佐炭鉱から本件株券の交付を受けたときに、悪意または重過失の存しない限り本件株券上に対する即時取得の要件を具えたものと解すべきであるから、被申請人のみぎの主張もすべて理由がない。
その他本件口頭弁論に顕れた全疎明資料によつても、申請人が本件株券上の権利を有しないことを推認することはできない。
四、したがつて、被申請人は申請人の本件株券に関する名義書換の請求に応ずる義務を負うものということができる。
そこで、本件仮処分の必要性について検討する。株式会社における株主の権利のうち、配当金請求権については、申請人がこれを保全しないことにより回復し難い損害を受けるおそれのあることについて何らの疎明もない。また被申請人会社の経営を改善するための株主としての権利を行使すべき必要性についても疎明がない。しかし、前記証人宮城普勲の証言および弁論の全趣旨によれば、被申請人は株式上場のうわさを強く否定し、徳島一族および現役員ないし従業員以外の者が株式を保有し経営に口出しをすることを嫌つている事情がうかがえるから、みぎの事実によれば、被申請人は申請人の株主としての地位を弱体化し、或いは失わせるための法律上可能な措置をとるおそれがあるということができ、このような措置がとられれば、申請人の有する本件株券の経済的価値も減少させるのみならず、これを回復するために訴訟の提起その他多くの費用と時間とを必要とし、場合によつては回復が不能となることも予想されるところであるから、これらの損害を未必に防止する必要があるということができる。
五、よつて、みぎの必要性の範囲内で、主文第一項掲記の事項に限り申請人が被申請人会社の株主としての地位を有することを仮に定めることとし、申請費用は敗訴した被申請人の負担すべきものとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 大和勇美)